写真をどれだけさかのぼっても、見つからない場面があります。名前を呼ぶと、こちらを向くより先に耳が動いたこと。寝る前に家の中をひと回りしていたこと。膝に乗ってから、落ち着く場所を決めるまでの小さな間。写真はこんなにあるのに、どうして本当に覚えておきたい瞬間を撮っておかなかったのだろう。愛犬や愛猫を見送ったあとには、もう会えない悲しみの隣に、いつかはっきり思い出せなくなるのではという怖さが生まれることもあります。その気持ちから、同じ動画を何度も見返してしまう日もあるかもしれません。
思い出を残そうと決めると、やることが急に増えていきます。写真を日付順に並べ、一緒に過ごした日々を最初から書き、あちこちに保存したファイルも全部集めなければ。そんなふうに感じるかもしれません。でも、今日始める記録はもっと小さくてかまいません。いま浮かんだ一つの場面に、置き場所をつくるところから始められます。追悼のアルバムが完成していなくても、一緒に暮らした時間は確かにありました。記録は、あとでその時間にそっと触れ直すための、小さな手がかりになります。
きれいな写真より、あの子らしい場面を
よく撮れた写真だけを選ぼうとすると、見慣れた姿がこぼれてしまうことがあります。少し舌を出して眠る顔や、おやつを探して散らかった部屋は、記念写真には向かないように見えるかもしれません。それでも、あの子はいつも行儀よくカメラを見ていたわけではありません。写真を選ぶときには、写りのよさに加えて、そのときの様子を思い出せるかどうかにも目を向けてみてください。一枚のぶれた写真が、鮮明な写真何枚よりも具体的な出来事を思い出させてくれることもあります。
写真を見ずに始めたいときは、いつもの一日を順番にたどってみる方法もあります。朝、自分が目を覚ましたとき、あの子はどこにいたでしょう。ごはんを待つ間には何をしていたでしょう。自分が仕事をしているとき、どの場所が好きだったでしょう。夕方になるとソファの片隅を先に陣取っていた、という一文からでも始められます。よく呼んでいた愛称と、その呼び名が生まれた理由を書けば、写真に残る姿とともに、ふたりの間で使っていた言葉も残せます。
英国の動物福祉団体RSPCAの案内でも、ペットをしのぶ方法の一つとして、自分の思い出を書き留めることが紹介されています。どんな形で残すかは、自分で決めてよいのです。特別なノートを用意せず、スマートフォンのメモに一文書くだけでもかまいません。文章にするのが難しければ、窓辺、右の前足、雨の日、と浮かんだ言葉だけでも。まずは、自分にとって意味のある小さな手がかりを残してみてください。
一枚の写真に、写っていない物語を添える
写真を選んだら、その前後にあったことを少し書き添えてみてもよいでしょう。たとえばソファで眠る犬の写真には、その日は長く散歩をして、帰るなり眠ってしまったこと。窓を見ている猫の写真には、毎日同じ時間にやってくる鳥を待っていたこと。実際に覚えていることだけで十分です。写真だけではわからない癖や、その前後の出来事が加わると、あとで開いたとき、どこから話し始めればよいかが見えてきます。
日付や順番がはっきりしなければ、空欄にしたり、たぶんあの年の夏、と書いたりしておきましょう。記録を完成させるために、覚えていないところをもっともらしく埋める必要はありません。実際に残っている写真や動画、自分が思い出して書いた話、誰かに聞いた話を区別しておくと、あとからもそれぞれの背景がわかります。記憶の中の姿が写真と少し違って感じられても、どちらが愛情をよりよく証明するかを決める必要はありません。記録に写っていない時間も、その外側に確かにありました。
書くより話すほうが楽な日には、自分の声で思い出を録音してみることもできます。どんなふうに名前を呼んでいたか、玄関で何と声をかけたか、家族しか知らないおかしな癖は何だったか。これは、いまの自分が思い出を語る記録です。当時の音そのものとは分けて残しておきましょう。言葉を探して黙ったところを、すべて編集で消さなくても大丈夫です。反対に、自分の声を録音することが負担なら、短い文章を選んでもよいでしょう。一つの方法を最後まで続ける必要はありません。
ひとりですべてを覚えていなくても
身近な人が、自分の知らない場面を覚えているかもしれません。散歩を頼んでいた友人に、帰り道ではいつもどこで立ち止まっていたかを聞く。家族に、スマートフォンに残っている写真を一枚送ってもらう。立派な追悼の言葉を頼むより、具体的な場面を一つ聞いてみるほうが、相手も話しやすいかもしれません。写真を頼むだけでも胸がいっぱいになるなら、メッセージを書いておいて、送るのはあとにしてもかまいません。
人から聞く話が、自分の記憶と違うこともあります。自分の前では静かだった猫が、別の家族にはよく鳴いて話しかけていたかもしれません。同じ散歩道でも、心に残っている場所が違うことがあります。事実の確認が必要な場合でなければ、一つの話にそろえなくてもよいでしょう。誰の思い出かを添えて、並べて残しておけます。一緒に暮らしていても、すべての瞬間を同じ場所から見ていたわけではありません。違う場面が集まることで、あの子の一日が少し広く見えてくることもあります。
集めた思い出をどこまで共有するかは、別に考えておきたいことです。家族が写真を送ってくれたからといって、公開してよいとは限りません。ほかの人の顔や声、私的な会話が含まれているなら、投稿する前に確認しておきましょう。公開するアルバムと自分だけのフォルダーを分けても、最初から個人的な記録にしてもよいのです。たくさんの人に見てもらい、反応をもらわなければ意味がないわけではありません。まだ外に出したくない話は、静かにしまっておけます。
大切に保存することと、毎日見ることを分ける
ファイルを整理する余裕ができたら、元の写真はそのまま残し、切り抜きや補正をしたものは別のコピーとして保存してみてください。大切な写真や動画は、一台の機器だけに頼らず、別途バックアップしておく方法もあります。複数の機器に表示されていても、独立したコピーとは限らないので、同じ変更が反映される同期フォルダーかどうかも確認しておくと安心です。すべてを整理するのが難しければ、特に大切な数点からでも。信頼できる人に、中身は開かずにファイルをコピーしてほしいと頼むこともできます。
記録を大切に保管することと、それを毎日開くことは、別々に考えてもかまいません。写真を見てつらくなったら閉じて、いまは見ないと決められます。今日見られなかった動画を、明日必ず見る必要もありません。その日の自分に無理のない範囲で触れていけばよいのです。思い出を残すはずが、確認や管理を続けなければならない義務のように感じられてきたら、完成は後回しにして、ここまで集めたものを保管しておくだけでもよいでしょう。
一緒に暮らしていたころ、あまり写真を撮らなかったことが、あとになって悔やまれるかもしれません。でも、カメラを持っていなかった時間には、ごはんを用意し、なで、そばで眠る暮らしがありました。残ったファイルの数で、その時間を数えることはできません。ある場面がはっきり浮かばなくなっても、それをすぐに愛情が薄れた証しにしないでいてほしいのです。
今日一行書くなら、特別な日を選ばなくてもかまいません。私が座ると、いつも左側から近づいてきたね。雨の日は、玄関でしばらく迷っていたね。そんな言葉を、あとから開ける場所に置いておきましょう。続きが出てこなければ、そこで終わっても大丈夫です。最後のページを急いで埋める期限はありません。ずっとあとでふと思い出した小さな癖が、空けておいた場所にそっと加わることもあるのですから。

